善 or 悪?
「自分の本当の声は、絶対に聴くことが出来ない」
って知ってた?
そういえば
「自分の目の角膜に映っている風景を
自分の目では絶対に観察出来ない」
ってことと同じだよね
「もっと簡単なたとえがあるでしょ」
彼女がつぶやいた
そう
「誰も自分の本当の素顔は知らない」
知ってるのは鏡を見つめてる自分の顔だけ
それでわたしも再度いろいろと考えはじめた
でも考えれば考えるほど
わけがわからなくなってくる
そりゃそうさ
自分が考えてる事が本当に理解できるなら苦労はしない
「信じるしかないんじゃない」
グレープフルーツをスプーンですくいながら
また彼女がつぶやいた
「そうだね」
わたしも食べようと思い
蜂蜜のビンを探し・・・
そういえば
わたしはイメージで思考する
言葉はそのイメージに貼られたタグでしかない
いや
もう少し正確にいうなら
最初にイメージで考えてから
それを一番最適な単語で表現しようとしているようだ
なのでそのタグの探索に時間がかかる時などは
言葉に窮してしまう
「イエ僕はその〜え〜っと、それで・・・」
でもそれじゃちょっと無責任じゃない?
・・・つぶやき・・・
それじゃあなたの意志を信じれない
・・・
確かにそうだろう
でもそれは
「言葉で表せる意志では」だ
・・・
イメージの不確かさはあなたも理解してるハズよ
・・・
がしかし
その不確かさこそ人間だよ
・・・
みんなそうやって不確かさの闇に自分の欺瞞を隠し
葬り去ろうとする
・・・
でも
僕がそうでないとは「信じてくれ」としか言えないよ
・・・僕はそういう存在なのだから・・・
つまりあなたは自分の行動から
信じれる人間であるか否かを判断して欲しいワケでしょ?
でももし目前に飢えているヒトが居て
そこでナニを言わずに自分の財布からお金を渡そうとしたら
そのヒトはあなたをなんて思うでしょ?
タダのお人好し?
偽善者?
あるいはナニかのワナと考えるかもしれない
それを避ける為にも言葉は必要なのよ
つまり人間は自分の行為にに対しての説明責任があるハズよ
なんだか芸能リポーターの言い分みたいだね
でもそれじゃ
「あなたを助けたいから」
と説明したところで
どう思うかは相手次第でしょ
それと僕はなにも意思表示を放棄してるワケじゃない
自分の行動を常には説明できない人種だってだけだよ
それが欠点である事は認めてもいいけど
逆にそれでいいことだってあるハズさ
そうだ
もしかしたらキミは人生を楽しく感じた事なんてないんじゃない?
だってそれが楽しいだなんて誰にも説明できないだろうし
でも僕は充分に楽しんで生きているしね

そうだ僕らはあの夜二人公園でブランコの上
お互いに決定済みの道を歩くのに飽いていて
誰のために生きるのも
もうゴメンって気分だった
自分で自分についたウソにうんざりしてて
・・・本当に自分のしたい事・・・
それがお互いにわかりあえる気がしてた

あなたはマダ性善説を信じているの?
そうだね
「性善説を信じる」って
自分の弱さを告白してるみたいなものかもしれないね
ナゼ?
たとえば性悪説のキリスト教徒は
人間はすべてアダムとイブが犯した
「禁断の木の実を食べる」
という原罪(original sin)を負って生まれてくると考えている
だから彼らは人生を
その罪をあがなう為に生きるべきだと主張するんだ
つまり原点はマイナスであり
そこからプラスへと自分を進歩させなさいってね
それに対して性善説とは
「人間は無垢として生まれる」
という考え方だね
よくTVドラマなんかで
「この子の純粋な目を見て」
なんて臭いセリフがでるのはまさにそれだ
ところが性善説のもっとも弱い論点がまさにこれでね
ナゼならそれじゃ生まれた赤ん坊のままでいる事が最善となってしまう
つまり
「大人になれないオトナ達」はオトナよりはマシだって事だ
これじゃ進歩する必要がなくなっちゃう
だから
「いつまでも胎内で目を閉じたままでいたい幼児主義だ」
と非難されるワケさ
成る程
それであなたの幼児性が証明できちゃうワケね
まあ確かにわたしは物知りぶったオトナにはなりたくないとは思っているけど
でも「悪」とは一体ナニだろう
実はわたしが性善説を採るワケはここにあるのだけれども
例えば生まれながらに「罪」があるとすれば
それは当然すでに絶対的存在(神)が善と悪を峻別していることになる
でも赤ん坊は
善悪とは無縁の混沌の中にいるように感じる方が
自然だとは思わないかい
つまり人間とは混沌の中に生まれ
それから序々に自分の意識で物事を選別していく生物だと思うんだ
確かに生まれてすぐにしゃべりだす赤ん坊はいないわ
ところでそうやって獲得していく知識/知恵といったものが
他の人間にとっても有益とは限らない
例えば
「コンビニでは万引きがやり易い」
なんて知恵は犯罪的だ
しかしここでの「罪」は社会的な調停役の法律に対しての罪であり
精神的な善悪とは直接関係はない
だってもし金銭による商行為の一切無い国が存在したら
その国の人達にその犯罪性を納得させる事ができるだろうか
つまり万引きが犯罪であるのは
わたし達の社会がそれを許容できない
という側面も持っているわけだ
ちょっと強弁に過ぎない?
だって他人のモノを盗もうという意識は
社会的側面を抜きにしても罪でしょ?
だけど「盗む」という概念には
「所有する」という社会概念の前提がある
もし全てのモノが誰の所有にも属さない社会があれば
「盗む」という罪自体が成立しないだろう
例えば
結婚という制度が存在しない社会に不倫はあり得ない
のと一緒さ
・・・なるほど「不倫とは文化だ」ってそういう事だったの・・・
ところで「神のような絶対者の存在を信じないなら
「罪とは社会的側面でしか説明できない」
という説は多少は納得できたけど・・・
どうしてそれが「性善説」につながるの?
いや
わたしはそこまでは言っていないよ
だって自分の信じる善に背くような行為をやろうとする事は
やはり自己に対しての罪だもの
・・・
でも反社会的行為を悪とするのは裁判官の仕事であって
その側面だけで善悪を判断してはいけないとは思っている
「罪を憎んでひとを憎むな」
って言葉があるでしょ
つまり人間って他人に害を成すと知っていて
それでも間違えて罪を犯してしまう事もあるんだ
その間違いを悪とする事はできても
その人間の存在自体が悪だとはいえないだろう
つまり善悪とはそれ程あいまいな概念だと思うんだ
・・・だから???・・・
でね
・・・とすれば・・・
善悪を厳密に判断する事に固執するより
人間を肯定的に見ようとすることの方が大事なんじゃないかって思うんだ
つまり人間の原点
生まれたばかりの時点はでまったくの混沌かもしれないけど
その混沌自体を善として捉える方が
それを悪と捉えるよりは
ずっとポジティブな考え方だという気がしてるワケさ
成る程ね
あなたが「弱さを告白してる」って意味がわかったわ
だって「人類皆善人」と思ってる方が楽ではあるものね

ところでこんな「エデンの園」の解釈を知ってる?
つまりあれは男と女の恋愛についての例え話
最初
愛し合う二人(アダムとイブ)には
言葉なんて必要ない
そしてその間は二人ともに楽園(エデンの園)に住んでいる
ところが
何処にでも邪なヤツ(ヘビ)がいて
余計な知恵を与えたがるもの
そして
ヘビは決まって女性から口説こうとする
さて男って
それだけでこころの中に疑いをもってしまう動物
結局
お互いがお互いを疑いだしていて
気づけば
すでに楽園から追放されてしまっている
・・・
ってワケ

・・・キミは僕の唄を聞いていないね・・・
何度でもいうケド
人間は自分の言った言葉には
否応無しに縛られちまうんだぜ
たとえウソでも
お世辞でも
キミが言った瞬間に
それはキミの名前を騙るロボットとなって
あっちこっちを勝手に歩き始めるんだ
・・・僕はキミの唄なんて聞いていないよ・・・
盲者は杖で道を確かめながら歩くが
ヤツらはただ駆け抜けるだけ
モタモタすんなよ
先がつかえるぜ
でもナニを急いでいるんだい?
僕はその中のひとりを捕まえて尋ねた
「パーティが始まるんだよ!」
パーティ?
・・・誰もキミの正体になんかに興味はない・・・
今宵の仮面舞踏会は自称男爵氏の豪邸
いやその裏庭の某駅前広場
僕と男爵は
屋台のおでん屋に化けたボーイに100円玉のチップを渡して
ワンカップ大関のグラスを受け取ると
次々に訪れる来客に乾杯を捧げるが
しかし愛想の悪い客ばかりだね
連中はわれわれの歓迎を
いらぬ迷惑と無視して通りすぎるばかり
いやきっと我々の正体に気づかないのさ
そこで二人
お互いを見合い
「ナルホド!なんてザマだ!」
・・・キミとて自分の正体を知りはしない・・・
セーラー服の女の子
彼女!
この頭ん中はそのスカートの中の事でいっぱいだよ
女子高生は振り返ると男の方へと歩みより
平手でそのほっぺたをチカラいっぱいひっぱたく
「やらせてほしいの?」
いいかい
恋愛はドラマの中だけじゃない
いや恋愛というドラマを現実でも演じたければ
キミがストーリーを書かなきゃいけないんだ
「いくら?」
・・・キミは誰になりたいのさ・・・
生きる事の自虐性
誰もいない場所で
僕は唄をうたい続けている

或る日オヤジは酔っ払って
説教きどりでつぶやいた
誰もおまえの生き方までは
責任とっちゃくれないぜ
ふざけちゃいけない
オレのコト
好きにやらせてもらうさ
楽しいコトは大好きさ
少しヤバくったってかまわない
警察官にゃ怒鳴られて
裁判官にゃさとされる
ついでに母親にゃ泣きつかれ
オレはこころでつぶやいた
なんにもマズくはありゃしない
少しドジっただけのこと
楽しんだ後のお返しさ
オレの生き方までは変えらんねぇ
出所祝いの酒の席
オヤジは酔っ払ってつぶやいた
誰もおまえの生き方までは
責任とっちゃくれないぜ

それは簡単な物理的問題だよ
それを無視するってのは
東京の水道の浄水場にLSDをぶちまけて
東京都の住民全部をハッピーにしようって計画と同じさ
殆どの人間はバッドトリップしちまって
そのバッドな波長が全体を覆っちまうから
結局ハッピーになれるヤツなんてひとりもいやしないんだ

“イエスは誰かの罪のために死んだ
でもわたしの罪じゃない”
でも「罪」ってなんのこと?
実はここではもっとマズい
ソフトで透明な壁が
巧妙にお互いの間に侵食していて
でもキミですらそれを忘れてるみたいだ
色とりどりの髪に
なぜか同じ目をした少年たち
歓喜はないが絶望もない
彼女らは人ごみの中に同じ人種を探しに出かけ
共通幻想に同化する
それが誰の提供した夢かも気にせずに
実は今はもっと巧妙だ
キバは抜かれないが
モンダミンで消毒され
歯ブラシで白く磨かれる
ほらキミのアナ空きジーンズは洗濯したてだね
少年たちはオトナになる前に
自分の殺意の犠牲者を見つけようと街へくりだしてくる
どうだい少年法の門限はしっかり守れそうかい
「ナニを叫ぼうか?」
ボーカリストは騒ぎたがる客たちを前にして
「でもナニに反抗しようか?」
中指をおったてながら
「どっかに不満がないかい?」
連中は陽気に声を上げ
そうだ!
そうた!
どこにも不満はないよ
だって歓喜を知らないもの
どうすれば絶望できるのさ
それはドラッグ何g分?

ねぇもしかして
つきあう相手を選びすぎていない?
同じ価値観のひとばかりを相手にしようとしていない?
みんな少しづつは違う部分があるんだよね
だから相手に合わせるか
他を捜すしかないけど
世界中を旅するつもり?
それも悪くないけど
先ずは目の前の他人を好きになるって
試してみたのかな?
例えば音楽って嫌いで聞いてても楽しくないよね
好きになる必要はないけど
余計な気持ち無しで聞く価値はあると思うよ

ドラマは中盤を過ぎて
これから佳境へと
見た目には派手じゃないかもしれないが
本人には切実なんだ
未来を考えろって
それを年寄りに言うのは酷だぜ
死を考えろって事と同じ
でも夢を追えっていうなら
いくらでも
今追い求めてる夢のリストを並べ立ててやる
清算は死神にお任せするよ
きっと請求書のヤマだろうけど
あの頃はジャンクだった
頭ん中をゴミ蝿が飛んでるみたいな日々
こんな場所は生きるトコじゃない
抜け出し口を探してたから
どんなハシゴにも飛びついて
飛びついたら
そのハシゴを必死でよじ登り
自分には自信がある
自信過剰だっていいさ
へこんでちゃ腐っちまう
螺旋階段の上から
追いかけるように落ちてくる
丸いストップ・ウォッチ
そのドアだ
すばやく忍び込め
さあ早く・・・
そして今が始まった

それほどヤワじゃないけど
それでもガックシきてる時は
やる気分になるのが大変なんだ
なにかイイ台詞はないかい
あともう一杯
このグラスを空ける前に
それほど無神経でもないけど
なにかイヤな事言ったかな
きみの顔がこわいよ
どうか気にしないでくれよ
あともう一杯
このグラスを空けてる間は
夜はながいんだ
僕らはここで顔をつき合わせてる
気にくう相手じゃないかもしれないけど
あとしばらくの辛抱さ
それまでにはこのボトルも空いてるだろう
だから楽しもうぜ
このボトルを空けるまで
どうだろう
それ程ひどい組み合わせでもない
愚痴るやつと嘲るやつ
すましてる同士よりは本当なんだ
ひとつブルースでも唄ってみないかい
音痴なのは承知の上さ
やめろよ
酒が腐っちまうぜ
ほらみろ全部蒸発しちまった
新しいボトルを探してくるから
しばらく待っててくれよ
おや階段が泳いでやがる
まってろよ
この階段を寝かしつけてくるからな
・・・ゲンズブールが言ってたけど「今頃自由だなんて流行らない」・・・
アタマの中で思う色々のコト
かすんだ目
こころ
ただ気ままに流れてくれよ
地獄?
ココのこと?
今のこと?
首をふり天を指差し
キリストを信じろって?
イエスを見てるのかい?
誘惑の女神の白肌の上を
しずくとなって滑り落ち
チカラ萎えて横たわり
指先から流れ出る調べ
キミと僕との間に沸き起こる七色の振動
陶酔
倒錯
覚醒
幻滅
神とても諸行無常?
そう神とても永遠ではない
成層圏の上を飛び交う魂のうず
纏いを脱ぎ捨て
次々に変化を繰り返し
声が聞える
音の無い言葉
言葉になる前のカオス
混沌を知らない無垢
邪悪を厭わない
至福に気づかない

そして
わたしは
内側へと
落ちて
・・・


(或る日バスから降り)
キミまだギター弾いてんの?
ヘヘ!
こればっかりは年齢じゃなくって必要の問題でね
ナニモノなんだい?
そう誰でもタグが付いてる方が分かりやすいだろうけど
生き方ってそれぞれオリジナルでしょ
どう説明すればいいかばかり迷ってたけど
確かなのは人生はタグじゃないって事
(駅の階段を二段飛びに上りながら)
でも少しあせり気味かね・・・
 『自分という狂人との付き合い方』
  1. 大抵のひとは“みんなが自分はマトモだと思っている”と仮定している
  2. ところが自分をマトモだと思っているひとは意外に少ない
  3. また「マトモ」というステロタイプに一致するひとはより僅少である
  4. 実はそんなマトモそうな人間が一番危険だ
  5. つまり自己嫌悪がマトモという殻を被っているケースが多い
さて
誰だって多少は規格外れなところがあるもんよ
それを一々修正してたらストレス溜まるだけだよ
オレ?
ウ〜ム規格自体を信じてないといおうか・・・

by seven 4,Sept'2002